4月10日

この日は、カンボジアリーグ第5節ボンケット・アンコールFC戦。
僕たちカンボジアンタイガーFCにとって、2016年シーズン最初のホームゲームだった。
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今季は、昨年までホームとして使用していたウエスタンスタジアムが使えなくなったので、オリンピックスタジアムをホームとすることになった。 ※写真は昨年の代表戦
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このオリンピックスタジアムだが、カンボジアはスタジアムが少ないため、カンボジアリーグに所属している10クラブ中、なんと半数以上の6クラブのホームとなっている。

開幕戦からここまでアウェイ戦4試合消化したが、うち2試合が既にオリンピックスタジアムで行なわれるなど、今季はリーグ全18試合中14試合がオリンピックスタジアムで行なわれる予定である。





そんなホームもアウェイも同じ場所で行なうという昨年までは経験しなかった難しさとの戦いが始まったのだ。


なんせ、ホームスタジアムが西が丘競技場から日産スタジアムに変わったようなものだから様々なものを変えざるを得なくなった。



昨年はサッカー専用の収容人数1000人程の小規模なスタジアムだったため、ピッチとスタンドとの距離が近く、ビッグジャージ、スタグル、ハーフタイムイベント、横断幕など様々なイベントをすることが可能だったため、観客は試合以外にもスタジアムに来る楽しさを感じはじめていた。
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だが、今年はそう簡単にはいかない。

まず、スタジアムの収容人数がおよそ50倍(約50000人)にもなり、昨年開幕直前に完成したばかりのウエスタンスタジアムとは違い、長年カンボジアのサッカー界を支えてきたオリンピックスタジアムは何をするにもいろいろと制約が多く動きづらくなった。


イベントも結局、他との違いを生み出そうと考えに考えたが、なかなか出てこず、今回は「タイガーの勝利時に選手がスタンドにユニフォームを投げ込む」にとどまった。

運営側としては、オリンピックスタジアムで最初のホーム試合なのでまずはとにかくしっかりと試合運営を行なうということに集中したが、どこか物足りなさは否めなかった。


だが、そんな中でも先日募集したオリジナルバナーをはじめとするスポンサー様のバナーを設置したり昨年にはなかった新しいことを実行することができた。
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そして僕たち運営が唯一、どうすることもできないのが試合。

この日の相手はカンボジアリーグ最強の強豪ボンケット。

昨年は4戦4敗と一度も勝てなかったためか、対戦前から既にバルセロナやレアル・マドリードと対戦する時のような気持ちになってしまっていた。
僕たちはスタンドでニコ生の中継作業をしながらグラウンドで繰り広げられている戦況を固唾を飲んで見守った。




今年のタイガーは、開幕からクラウン、スヴァイリエンと強豪2チームに連敗し、戦力的に少し劣ると言われているAEU、CMACに連勝し、2勝2敗。攻撃陣も2試合連続3得点と立て直したかに見えたが、どちらも内容はイマイチで試合後、純粋に喜べなかった。

原因は昨年終盤に見せたような「一体感」が欠けていたように思えたからだ。

試合を見に来ているサポーターの方にも何度か厳しいことを言われた。

だが、言われるようになったのはそれだけ注目されている証拠。耳をふさぎたいことも多々あったがしっかりと受け止め、ようやくサッカークラブになってきたのだと実感が湧いて、なんだか少し嬉しかった。



そして、2日のCMAC戦が終わってこのボンケット戦までの1週間の間、チームが変わろうとしているのを感じた。

まずは今年から取り入れた分析システムを使用し、対戦相手の分析だけでなく、簡単なミスを減らすために自分たちのプレーもチェック。

これには2月から加入したスタッフの篠田くんが長時間分析システムを使い、木原監督がこういったものにまだ慣れていないカンボジア人選手にもわかりやすい場面を選び、説明。

残念ながらミーティング直後の練習で全て改善されたとまではいなかったが、まず声を出している選手が増えていた。

タイガーのカンボジア人選手は試合中にあまり声を出さないので、それだけでも大きな一歩を踏み出したといえる。





そして、この試合中にも変化が見られた。

選手それぞれが声を掛け合い、選手自身もまわりを確認しながらプレーすることを意識している。

特にドリブルで一人で打開できるボンケットの選手たちは普段と同じようにサイドから何度も仕掛けてくるも定國、セイハーの両サイドバックに加え、村松とペアヤングの両サイドハーフも深い位置まで戻り、チャンスを作らせない。

また、木原、ティー、ボウの中盤の3人も誰かが前に行くと、誰かが必ずカバーに入っている。
これまでの試合のようにボランチが2枚とも前にいってしまい、中盤に大きなスペースが空いて完全数的不利になり、カウンターを食らうことも心配もなかった。


この時の状況を試合後に選手たちに聞くと、実は最終ラインの4人が後ろから声を出し、特に中盤のティーとボウのポジションをうまくコントロールしていたようだ。特に37歳ティーに関しては慣れてくると、これまでの豊富な経験を生かし、敵の芽を摘むことに大きく貢献していた。



これを見ていた分析システム担当の篠田くんが「選手たちがこうやって目に見える形で成果が出てくるのは本当にやり甲斐がある」と嬉しそうな表情をしていたのが印象的だった。



そして、タイガーのディフェンス陣は低い位置でボールを持った時に繋ぐとミスが起き、ピンチになることがしばしばある。今回はリスクを最小限に抑えるために繋ぐという選択肢を捨て、前線のターゲットである187cmの長身FW吉原正人に蹴り込むというシンプルな方法を選択。




そして、その時はやってきた。

後半14分、ゴール前の混戦から最後は浮き球を吉原が豪快に決めてついにタイガーが先制。

体を張ってボンケットの攻撃を何度も何度もはじき返していたタイガーの選手たちの姿は、この日オリンピックスタジアムにいた観客たちの心を掴んでおり、ゴールの瞬間、皆が席から立ち上がり、大歓声が沸き起こった。
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得点直後に喜びを爆発させた加藤オーナーが「タイガーコール」をすると、メインスタンドにいた観客もこれに反応。スタンドの熱は勝利に向けてさらに加速した。
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僕自身はゴールの瞬間、喜びを爆発させて分かち合いたい気持ちはあったが、生中継しているのでまずは冷静にアナウンスを打ち込むことに必死だった。
だが、興奮のあまりか、手が震えてキーボードをうまく打つことができない。

久しぶりに味わう感覚だった。

と同時に「今日こそいける!あのボンケットに勝てるかもしれない!」という思いが心の中で徐々に大きくなっていくのを感じた。

その後、必死に戦っている選手たちを見守りながら何度も時計を確認したが、時間はなかなか進まず、徐々にタイガーの選手たちの足が止まりはじめた。

彼らの体力は限りなく限界に近づいていたのだ。


何度もアップダウンを繰り返していたタイガーの両サイドはもう疲労困憊。

後半29、37分と特に疲れの目立った左サイドから崩されて連続失点し、逆転を許してしまった。

その後、終盤に攻撃力のあるFWヴィラックを投入し、反撃を試みるも得点には至らず、タイムアップ。

悔しい逆転負けを喫してしまった。





試合後、この日見せた選手たちの戦いに温かい拍手が送られた。それもこれまでの試合では起こりえなかった数の人がしている。

彼らの魂のこもったプレーは間違いなく、見ていた人々の心を動かした。

敗れはしたものの、勝利という一つの目標に向かってチーム全体が一体になって戦うことができた。

サッカー勝負事なので、もちろん勝敗も大事だが、僕たちは来てくれた人に選手たちのこういった試合を見てもらいたかった。
この日、僕は彼らのプレーに心を揺さぶられた。


そして、ボンケットという本当に強い相手がいたからこそ、こんなにも素晴らしい試合を行なうことができたと思う。

4月10日
この日で本当の意味でチームがひとつになった気がした。





次は4月20日フンセンカップ第2節は大会規定により、カンボジア人選手しか出場できないが、この日のようにチーム一丸となって戦いたい。


シーズンはまだはじまったばかり。

僕たちスタッフも選手たちをできる限りサポートし、見ている人たちに感動を与えられるような雰囲気作りをしてきたいと思う。