Footrip フットリップ ~世界中のFootballを見に行こう~

Footrip(フットリップ)では、世界中で自分自身が感じたことを中心にできるだけ素直に描いていきたい。 ※2015年より2シーズン、東南アジアの某フットボールクラブの広報でした。 2017年より現地の日系メディアに所属し、東南アジアの情報を発信予定。専門はASEANはじめ、アジアフットボール関連なのでアジアで活躍する日本人サッカー選手達を中心に紹介予定。 アジアフットボールや旅行の相談、取材、執筆依頼等はお気軽にMessageくださいませ。

カテゴリ: チャリティイベント関連

先週、新しい仕事を始めてから初の出張で1週間ほど、東京に滞在。

半年振りの日本は刺激的で、本当に会いたい人がいっぱいで時間が足りなかった。

5月3,4日に代々木公園で行われたカンボジアフェスティバル2017では、予想を上回る盛り上がりで日本においてカンボジアを感じることができてなんだか嬉しかった。
また、イベント当日はカンボジア関連の繋がりのおかげで多くの出会いがあるとともにこれまで世界中で知り合った懐かしい顔にも再会することができた。
ひとごみ

観客2



今回の日本遠征には、日本初訪問となるカンボジア人スタッフが一緒。成田空港駅でPASMOを通すことから始まった久しぶりの外国人のアテンドは、驚きの連続。普通に日本で生活していると便利さやありがたみを忘れがちになるが、スタッフの存在のおかげで自分達のほうこそ気づきや学ぶことが多かった。
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ロシアワールドカップまであと約1年。

我らが日本代表は6大会連続のワールドカップ出場まであと少しのところまできました。
 
僕のまわりのこれまでのワールドカップ歴戦組はサポーターはそろそろロシアに向けて、航空券や観戦チケットなどスケジューリングを気にし始める頃。



思えば、僕にとってのワールドカップは2010年南アフリカ大会が初めてだった。(コンフェデは2005年ドイツ大会)

右も左もわからずに行ったが、目の前でカメルーン戦で勝利を観ることができたのは一生の宝物。
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べスト8をかけた決勝トーナメント1回戦vsパラグアイ戦の、あのなんとも言えないような行き詰まる雰囲気。駒野の肩を抱いた松井の姿に感動
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全ては現地へ行ってみないとわからないことだらけ

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街の中心部からの移動でトラブル続出するもなんとかギリギリにプノンペン国際空港に到着。
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これから日本へ向かいます。



5月3、4日に東京・代々木公園で第3回カンボジアフェスティバル2017が行われます。

これまで会社としてこのチラシやポスター制作などで関わっていましたが、今回満を持して初出店します!


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2016年3月11日

東日本大震災から5年が経ったこの日、愛媛県である映画が上映された。

震災の影響を受けた福島県にある学校のマーチングバンド『Seeds+(シーズプラス)』がサッカーの絆を通じて復活した様子を描いた「MARCH」だ。
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上映当日、会場である松山市民体育館は、450人もの人が集まったようだ。



だが、この映画の上映されるまでの道のりは決して平たんではなかった。

その様子はジャーナリストの宇都宮徹壱さんが書いてくれています。
Jリーグが後援する映画『MARCH』とは? 震災から5年、サッカーによる復興支援

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今日で東日本大震災から5年が経った。

毎年、この日が近づくと胸が締め付けられる思いになるが、今年は日本にいないせいか、いつも以上に辛い。




バイクで移動している時


カフェで仕事している時


部屋で一人でいる時




日々の生活の中のふとした瞬間に、あの頃のことを思い出すことがよくある。




震災から数日後、
福島の放射能の恐怖で、この家(当時は埼玉在住)にはもう生きて帰ってこれないかもしれないと思いながらも実家のある宮城へ行くことを決めた。

行くことを決めてから出発までの数時間、シャワーを浴びるにも、ご飯を食べるにも、何をするにも「これが最後かもしれない」と思い過ごした数時間の心情は忘れないし、今でも夢に出てくる。


幸いにも仲間と合流した後は気持ちが落ち着き、当時一般車両は通行止めだった高速道路の入口も「救援物資」と書いた貼り紙のおかげで突破でき、仙台に着くことができた。
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そして、実家へ戻る時に通った沿岸部で凄まじい光景を目の当たりにした。

建物のガラスは全て割れ、泥に侵され、道路の両脇にはありえない数の車の残骸が積み上げられていた。

もう本当に言葉が出なかったし、この場所が自分が生まれ育った場所だと思えず、ただひたすら「ここは違う場所なのだ」と自分に言い聞かせ、この事実を受け入れられなかった。





だが、そんな大変な状況の中、現地の人は懸命に生きようとしていた。

塩釜体育館に積まれた世界中から届いた物資に感動。自分たちは一人じゃないんだと思った。

地元の人たちと必死で仕分け作業を手伝い、現地の様子を聞いた。



翌日、母がけが人の世話をしていた避難所に行ったが、そこでは大人も、子供も、老人も、ヤンキーも、普段の社会ではなかなか接することのない人々が助け合いながら救援物資を運んでいる姿に心を打たれた。

もうこの一大事にプライドなんてものは存在しない。

ただ、目の前の命を必死に助けるために皆、懸命に動いていた。





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